こどもの近視について
以下は、私が神戸市眼科医会からの依頼で、神戸市養護教諭研究会において「学齢期における近視の増加とその対策について」と題して講演した内容を一部改変したものです。近視進行抑制についての現在の考え方のあらましがわかるのではないかと思い、掲載します。
学齢期における近視の増加とその対策について
世界的な近視の増加
- 世界的に近視が増加している。
- 現在のペースで増加すると、2050年には全世界の半分の約48億人が近視になると予測されている。
- 特に日本を含む東アジア、東南アジアではさらに近視人口の増加が見込まれる。
裸眼視力1.0未満の者の割合の推移
ここに示すのは裸眼視力が1.0に満たない生徒の割合の過去40年間の推移である。小学校生徒においては、昭和54年には18パーセント程度であったがその後増加し、平成20年には約29パーセント、令和元年には35パーセントに増加している。令和2年度の報告では37.52%とさらに増加している。これらの大部分は近視である。屋外活動時間の減少や近業時間の増加が原因とされる。
近視の合併症
近視の合併症として、「緑内障」「白内障」「網膜剥離」「近視性脈絡膜血管新生」「黄斑変性」などが挙げられます。
多くは成人後に発症するこれらの合併症を防ぐため、学童期における近視の進行を抑制することが重要となります。
眼の屈折状態
それでは、ここから、代表的な眼の屈折状態として、正視、遠視、乱視について概説していきます。
正視
正視の眼では、目に入射した平行光線は網膜上で集光します。つまり、遠方の物体が網膜上でクリアに像を結び、ぼやけはありません。
近視
近視の目では、入射した平行光線は網膜の手前で集光し、網膜上の像にはぼやけが生じます。これを「近視性デフォーカス」といいます。デフォーカスというのは焦点のぼやけのことです。
遠視
遠視の目では、入射した平行光線は網膜の後方に焦点を結びます。これを「遠視性デフォーカス」といい、近視の発生と進行に重要な役割を果たすと考えられています。
近視の種類
近視は「軸性近視」と「屈折性近視」に分けられます。
軸性近視
「軸性近視」とは、眼の眼軸長が伸びることによって起きる近視です。目の前後の長さが長くなる、眼軸長の伸長によって、近視となります。
学童期の近視はほとんどが軸性近視であることがわかっています。
屈折性近視
こちらは「屈折性近視」です。角膜や水晶体の屈折力が増して近視となるもので、成人後に発生する近視です。
裸眼視力1.0未満の者の割合の推移
したがって、先ほど示した児童の近視の増加のグラフは、児童の眼軸長の伸長に伴う軸性近視の増加を表していることになります。
軸性近視になるメカニズム~なぜ眼軸長が伸びるのか
では、なぜ眼軸長が伸び、軸性近視となるのでしょうか。そのメカニズムについて説明します。
レンズによる近視化実験
ここでレンズによる近視化実験の概要を示します。生直後のサルは軽度の遠視で、網膜後方に遠視性デフォーカスを伴います。そのサルに凹レンズを装用させ、遠視性デフォーカスを大きくすると、それに対応するように眼軸長の伸長が起こり、近視化します。それに対して、凸レンズを装用させ。遠視性デフォーカスをなくすと、眼軸長の伸長は起こりません。
実験より、網膜後方への遠視性デフォーカスは眼軸延長をきたすが、網膜前方への近視性デフォーカスは。眼軸延長を起こさない、ことがわかります。つまり、網膜後方への遠視性デフォーカスが、学童期における近視進行の原因と考えられているのです。
近視の増加は社会環境の変化が関与している
さて、ここまで眼軸長の伸長による軸性近視の増加を見てきましたが、なにが原因でそうなっているのでしょうか。こちらは先ほどの裸眼視力1.0未満の者の割合のグラフですが、ここにこの間に起こった社会の変化を重ねてみます。
過去40年の間に種々の情報端末が発売されていることがわかります。つまり、近視の増加は社会環境の変化が関与していると考えられます。
近視の環境要因
近視の環境要因として考えられているのは、ここにしめした、教育歴、近業(近くでの作業)、屋外活動時間です。教育の期間が長いほど、近業時間が長いほど、また屋外活動時間が短いほど、近視を発症しやすいと考えられています。
近視の環境要因~教育歴
それではまず、教育歴が近視とどのように関係しているか見ていきたいと思います。
教育歴と近視の関係
教育歴の長さと近視の関連は古くから指摘されています。エスキモーやネパールなど普通教育が行われていない地域では近視の有病率は極めて低く、現代的な西洋教育が施されるシドニーや北アイルランドなどでは近視はやや多く、東洋的な教育の行われている北京、台湾、シンガポール等では近視の有病率は80%以上に達します。このデータは近視が教育の影響を受けていることを示唆します。
ヨーロッパにおける教育歴と近視
ヨーロッパにおける教育歴と近視の関連を研究した論文をご紹介します。この研究は、ヨーロッパで1990年から2013年に行われた15の疫学研究を統合したもので、対象は61946人、年齢は44から78歳です。生年、教育レベルと近視の関連を調べました。
棒グラフは生まれた年代における教育レベルの組成を示します。初等教育は16歳未満で、中等教育は19歳以下で、高等教育は20歳以上で教育を終えることと定義しています。グラフによりますと、時代とともに、ほぼ一貫して高等教育経験者が増加し、教育レベルが上昇していることがわかります、
つまり、教育期間が長くなるほど、生まれた年が新しくなるほど、近視は多い
結果の続きです。このグラフは生まれた年と受けた教育レベル、近視の有病率の関係を示しています。
- 生年が新しくなるにつれて、近視の有病率が上がっています。
- それぞれの年代において、初等教育→中等教育→高等教育と教育レベルが上がるとともに、近視の有病率も上昇します。
- 生活環境の変化以外に、教育レベルの近視への関与が示唆されます。
近視の環境要因~近業
次に、近視の環境要因の一つである、「近業」についてです。近くを見る時間が長いと近視になる、と昔から言われていますが、近業がどのようなメカニズムで眼軸長の伸長を起こすのでしょうか。
調節ラグの関与
一つめのメカニズムとして、調節ラグについて説明します。遠くの風景などを正視の児童が見ているとき、網膜上に風景は結像します。その児童が近方を見るとき、水晶体の厚みを増やすことによりピント調節をしますが、100%調節することができず、若干網膜後方の遠視性デフォーカスが残ります。これを調節のずれという意味で、調節ラグといいます。
グラフでは横軸に調節刺激、縦軸に実際の調節反応を記した時、刺激に対して100%の反応をすれば直線のような関係になります。実際は調節ラグが存在し、刺激ー調節は曲線のようになりますが、その調節ラグは正視児童よりも近視児童で大きいことがわかっています。
調節に伴う調節ラグによって生じた網膜後方の遠視性デフォーカスが眼軸長伸長を引き起こすというのが、「調節ラグ」理論という考え方です。
周辺部網膜デフォーカス説~近視進行における周辺網膜の役割
つぎに、近視になる2つ目のメカニズムとして、周辺部網膜デフォーカス説について説明します。これは、近視進行における周辺網膜の関与を示しています。
動物実験で部分的な凹レンズをヒヨコに装用させると、対応する部位の網膜に遠視性の後方デフォーカスが生じます。すると、その部分の局所的な眼軸の進展を示すことがわかりました。この実験によって、黄斑部以外の網膜における遠視性デフォーカスも、眼軸伸長のトリガーとなることがわかりました。
人体における周辺部網膜デフォーカスの影響
この周辺部網膜デフォーカスが実際にどのように人間の眼球に作用するかを示します。眼球の形状は個人差があり、結像面が眼球形状よりもフラットな場合、周辺部網膜で遠視性デフォーカスが生じ、これが眼軸伸長の原因となっていると考えられています。
特に、近視を眼鏡で矯正しても近視が進行する原因の一つとして考えられています。眼鏡の凹レンズは視軸に沿った光は黄斑上に集光出来ますが、周辺部からの光は眼鏡のレンズを斜めに通過するために周辺部に遠視性デフォーカスを生じ、それが眼軸伸長の原因となるというものです。
軸性近視発生のメカニズムのまとめ
軸性近視発生のメカニズムをまとめます。2種類のメカニズムが考えられており、いずれも動物実験に根拠があります。
一つ目は調節ラグで、近見時の調節ラグによる黄斑部の遠視性デフォーカスが眼軸伸長の原因となっているものです。
二つ目は周辺部網膜デフォーカスで、黄斑部以外の周辺部網膜における遠視性デフォーカスが原因となっているものです。これは、後でお示しするオルソケラトロジーによる近視進行抑制とかかわってきます。
近視の環境要因~屋外活動時間
それでは次に、近視の環境要因の3つ目として、屋外活動時間についてみていきます。
屋外活動時間が少ないと、近視になりやすいと考えられています。
屋外活動の近視予防効果
最近の研究で、屋外活動が高い近視予防効果を持つことが明らかとなっています。
2019年のメタアナリシスでは、学校教育に十分な屋外活動時間を確保することで、4から14歳のアジア人の学童の 近視発症を50%、近視進行を33%、眼軸長伸長を25%抑制しました。
最も効果的な成果を得るためには1日当たり120分以上の屋外活動が有効であることがわかりました。
屋外活動の効果
ここで、屋外活動期間が近視発生に及ぼす効果についての研究をご紹介します。
アメリカ1989-2001年に行われた研究で、子供たちを「両親ともに近視」「両親のうち一方が近視」「両親ともに近視なし」の3郡に分け、週当たりの屋外活動時間と近視発生率の関係を調べたものです。。
グラフに示すように、いずれの群でも週当たりの屋外活動時間が増えるにつれて、近視発生率は低下します。
また、近視には遺伝要因が影響しており、両親が近視でない子供が最も近視の発生率が低く、両親とも近視であれば近視の発生率が高くなるのは当然ではありますが、特筆すべきは「屋外活動時間が週14時間以上になると(グラフの右端部分)、両親の近視の有無による差は少なくなる」という点で、ある一定時間以上の屋外活動時間が、近視の遺伝的影響を打ち消すほどの効果があることがわかります。
屋外活動→光誘導性ドパミン仮説
屋外活動が近視発生を抑制するメカニズムについて、現在もっとも有力なのが光誘導性ドパミン説です。
動物実験において、強い光に反応し網膜内で産生されたドパミンが、眼軸長の伸びを抑制することがわかっています。
この屋外活動によって産生された光誘導性ドパミンが、近業時間の減少や運動その他による効果と相まって、複合的に近視を抑制していると考えられます。
照度
屋外活動の近視への影響を調べるにあたって、重要となる明るさの単位、照度について説明します。
照度は、単位ルクス(lx)で表され、単位面積あたりの光束量を示します。
点光源からの距離の2乗に反比例し、照度計で比較的簡便に測定可能です。ちなみに右の写真は近所の公園の木陰で測定したもので、2485ルクスを表示しています。
照度の近視抑制効果の研究
照度と近視抑制効果に関する研究をご紹介します。2018年の台湾における前向き研究で、693人の1年生を1年間追跡し、写真のような首掛け式の照度計を用いて、照度と近視の進行の関連を調べました。
照度の近視抑制効果の研究の結果
その近視抑制効果ですが、
- 校内で週200分以上を屋外で過ごす児童では、近視の発症と進行を抑制することができた。
- その際の屋外での照度の目安は1000ルクス程度以上で、この照度は木陰や日影でも達成出来る。
ことがわかりました。つまり、炎天下でなくても、木陰などでも近視抑制効果が得られることがわかりました。
校内の照度(台湾)
この研究には、行内各所の照度が測定されています。それによると、校庭では10万ルクスを超え、木陰では7000ルクス以上、校舎の影で3000ルクス、日当たりのよい廊下で1846ルクスでした。 しかし教室内では340ルクスと1000ルクス以下でした。近視抑制効果がある1000ルクス以上を達成するためには、教室外に出る必要はありますが、熱中症等の危険のある炎天下である必要はなく、木陰、建物の日陰で十分であることがわかりました。
帽子とサングラスの影響
それでは、屋外で過ごす際の帽子とサングラスの影響はどうでしょうか。このシンガポールの研究では、児童の体格を模したマネキンを作成し、目に照度計を埋め込み、帽子とサングラスの影響を検討しました。
その結果です。シンガポールでは曇り空が多いそうで、その空模様の時に9時、12時、2時、4時の4回測定しました。
すると、屋外にいる際、帽子だけだと、眼部での照度は4000ルクスを超え、さらにサングラスを着用すると、夕方4時の時点のみ950ルクスと1000ルクスを割り込みました。
これらより、帽子やサングラスを着用しても近視進行抑制に十分な照度をおおむね得られることが分かりました。
「屋外活動」が近視予防のポイント
これまで見てきたように、屋外活動が近視予防においてポイントであることが認識され、海外ではシンガポールや台湾で、児童の近視抑制に効果を上げています。
日本の状況
日本でも近年、屋外活動の重要性が認識され、それを加味した指導が学校生活で行われています。学校生活で近視予防の観点から留意すべきことをまとめた日本眼科医会作成の近視啓発動画 「ギガっこ デジたん!」から「進む近視を何とかしよう大作戦」をご紹介します。
日本眼科医会作成 近視啓発動画 「ギガっこ デジたん!」
https://www.youtube.com/watch?v=eNz-U3VA3jM
近業時の留意点
上の動画にもあった、児童が近業をする際の留意点ですが、根拠として2008年のThe Sydney Myopia Studyがあります。この研究は、質問票を用いて近業と近視の関係を研究したもので、「視距離30cm以下の近距離作業」「30分を超える連続した近業」が、近視のリスクとなることが示されました。
この結果から、近業の際は、30cm以上距離をあけ、30分おきに休息をとることが推奨されます。
近業と屋外活動と近視の関係
これまで近業と近視の関連を調べた研究は、質問票形式で行われており、対象物との客観的な距離が不明でした。
今回初の客観的な距離を用いた研究が行われました。86人の児童にワーキングディスタンスと照度を測定可能な眼鏡型のデバイスをかけてもらい、1週間の生活習慣を記録し、近視と近業距離、屋外活動時の照度の関係を研究したものです。
写真に示すようなデバイスを使用し、赤外線によって対象物との距離を測定すると同時に、照度を記録しました。
その結果、近視の児童は近視でない児童に比べて3000ルクス以上の屋外での時間と5000ルクス以上の屋外での時間がともに少ないこと、また近業距離に関しては、近視児童は20cm以下の近業の時間が、近視でない児童に比べて長いことがわかりました。ここに初めて、近視と近業、照度に関して客観的なデータが示されたことになります。
スマートフォン使用時の視距離
これは近年我々の生活に欠かせないスマートフォン使用時の視距離について研究した論文です。書籍を読むときより、スマートフォンを使用するときのほうが視距離が近くなることが示されています。
タブレット学習時の視距離
また、授業で近年使われるiPadでの視距離を研究した論文によりますと、小学4年生、6年生、中学3年生のいずれにおいても、教科書をよむときよりもipad使用時のほうが6~9cm程度視距離が短くなることが示されており、ICT教育でタブレット端末を使用する際は眼への負荷に留意が必要です。
眼鏡矯正の影響~完全矯正か低矯正か
さてここで、眼鏡矯正の近視進行への影響について、近年考え方が変わりつつあることに触れたいと思います。
以前は、近視に対して眼鏡を作る際、眼精疲労や近視進行の防止の観点から、低矯正が推奨されることがありました。
しかし、近年の研究では、近視を完全矯正したほうが、近視が進行しにくいというデータがでており、現在では、原則として、近視の完全矯正眼鏡を推奨しております。ただ、完全矯正で装用困難を感じる児童は、これまで通り低矯正眼鏡を考慮しています。
小児のブルーライトカット眼鏡装用に対する慎重意見
ここで、小児のブルーライトカット眼鏡に関して、日本眼科学会はじめ複数の団体より慎重意見が表明されています。
ブルーライトカットにより子供が必要な太陽光を十分に浴びられないことで不利益が生じる可能性を示唆しています。
留意点を5つのエピソードにまとめた第1弾
このように、日本眼科医会ではこれまで得られた科学的知見をもとに、様々な啓発を行っております。
ご興味のある方がぜひ、ホームページをご覧ください。https://www.gankaikai.or.jp/info/detail/post_132.html
5 Steps to Slow Nearsightedness in Children
アメリカ眼科学会でも、近視の啓発を行っております。
TIPS FOR SLOWING MYOPIA~近視を遅らせるコツ
ホームページで近視を遅らせるコツが紹介されています。以下の4つが記載されています。
- 屋外で一日最低2時間過ごす~研究によると屋外光が近視を遅らせる可能性
- 休憩をとる~20分ごとに目を休ませる
- スクリーンタイムを減らす~スクリーンタイムと近視の関係ははっきりしないが、少ないに越したことはない
- 距離を保つ~デジタルデバイスと目を約2フィート離す
MYOPIA CAN BE SLOWED IN CHILDREN~子供の近視は遅らせることができます
また、子供の近視を遅らせる方法として、3つが記載されています。
- 点眼の処方--眼球が伸びるのを抑える
- 特殊なコンタクトレンズ--眼球が伸びるのを抑え、視力を矯正する
- 夜間装用のコンタクトレンズ--角膜を平たん化する
それでは、これらの近視を遅らせる方法について説明していきます。
アトロピン点眼と近視進行抑制
アトロピン点眼が近視進行抑制効果を持つことが近年わかっています。
アトロピンは副交感神経遮断薬で、ベラドンナより抽出され、ルネッサンス期のベネチアでは女性が瞳を大きく見せるために使用しました。日本では、江戸時代末期にシーボルトが来日した際にベラドンナと似たハシリドコロより精製し、眼科手術に用いました。ムスカリン受容体阻害によって、散瞳、調節麻痺作用を有し、効果は最大12日間程度持続します。
ATOM1試験-シンガポールにおけるアトロピン1.0%点眼を用いた臨床試験
ATOM1試験-シンガポールにおけるアトロピン1.0%点眼を用いた臨床試験をご紹介します。
- アトロピン点眼薬の近視進行抑制効果を調べるため、近視が-1.0Dから-6.0D(平均-3.4D)の6~12歳の学童を対象とし、観察期間は2年間で行われました。
- 治療群、及び比較群にはそれぞれ200人の学童が割り当てられました。
- 治療群 :片目にアトロピン1%を毎晩点眼して治療し、もう一方の目には一切治療を施さない。
- 比較群 :片目にプラセボ(偽薬)を毎晩点眼して治療し、もう一方の目には一切治療を施さない。
ATOM1試験-有効性
結果を示します。プラセボ群、つまり無治療では、2年間で1.20Dの近視化がみられたのに対して、アトロピン治療群では0.28Dしか近視化しませんでした。
つまり、1%アトロピン点眼は近視進行抑制効果があることが分かりました。ただ、問題点として、この後点眼をやめることにより、急速に近視が進行するリバウンドが観察されました。
アトロピン1.0%の副作用
アトロピン1%の副作用として、次の3点が認められました。
- 調節麻痺:遠近調節機能の喪失による近見障害が必発であり、学童が読書をする場合は二重焦点または累進性のレンズが必須でした。
- 散瞳:瞳孔の拡大による、羞明(まぶしさ)がみられました。
- アレルギー性結膜炎:4%~5%の確率で発生しました。
ATOM2試験-シンガポールにおける低濃度アトロピンを用いた臨床試験
次に、ATOM2試験が行われました。これはATOM1試験でのアトロピンによる副作用とリバウンドを軽減し、なおかつ近視抑制効果を得られる至適濃度を探求するために行われた研究です。近視が-2.0D以上(平均-4.7D)の6~12歳の学童を対象とし、下記の3群に振り分けられた。
- アトロピン0.5%群 161名
- アトロピン0.1%群 155名
- アトロピン0.01% 84名
観察期間は2年間でした。
ATOM2試験-結果
結果ですが、近視進行抑制効果は0.5%>0.1%>0.01%の順でした。また、0.5%、0.1%では点眼中止後リバウンドがみられたが、0.01%ではみられませんでした。
これらから、治療効果、副作用、リバウンドから、0.01%が至適濃度と結論づけています。
なお、2年間での近視進行は0.01%治療群:0.49Dに対し、プラセボ群(ATOM1):1.20Dだったので、0.01%アトロピンは50%以上の近視進行抑制効果をもつ、とされました。
Myopine(マイオピン)点眼液
ATOM1, ATOM2の結果を受けて0.01%アトロピンが、商品名マイオピンとして発売されました。当院では自由診療として学童期の近視進行予防目的で処方しています。
ATOM-Jスタディ
先行したATOM1,2の結果を受けて、日本人において低濃度アトロピン点眼の効果と安全性を調べた多施設研究がATOM-Jとして行われました。
この研究では6歳から12歳の171人の児童が無作為に0.01%アトロピンか偽薬を2年間点眼し、その間の屈折度、眼軸長の変化、副作用の有無を調べました。
ATOM-J結果-度数の変化
ATOM-Jスタディの度数変化における結果を示します。グラフは近視度数の2年間の変化を示しています。2年間で偽薬群は1.48D近視化したのに対し、0.01%アトロピン点眼群では1.26Dの近視化で、2群間に差がありました。つまり、アトロピン0.01%点眼の近視抑制効果は日本人でも確認されましたが、効果はATOM2スタディほど強くはありませんでした。
ATOM-J結果-眼軸長
ATOM-Jスタディの眼軸長における結果を示します。グラフは眼軸長の2年間の変化を示しています。偽薬群では2年間に眼軸長が0.77mm伸びましたが、0.01パーセントアトロピン群では0.63mmで、こちらも差がありました。つまり、アトロピン0.01%点眼は日本人においても、度数、眼軸長の延びともに抑制したが、先ほどのATOM2ほどの効果は得られませんでした。また、ここには示していませんが、効果のない児童も一定数見られたことに留意する必要があります。
Myopine(マイオピン)点眼液0.025%の登場
ATOM-Jで0.01%アトロピンの効果がこれまでの報告に比べると弱かったことなどから、最近その2.5倍の濃度の0.025%アトロピンがマイオピン.025%として発売されました。0.01%点眼を使用していても近視の進行が速い症例などに使用されています。
オルソケラトロジーとは
オルソケラトロジーの近視進行抑制効果が最近明らかとなっています。
オルソケラトロジーは特殊なカーブを持ったハードコンタクトレンズです。寝ている間に装着し、角膜のカーブを変えることによって近視を矯正するものです。昼間は裸眼で過ごすことができます。
シード社製ブレスオーコレクト
オルソケラトロジーレンズは数社から販売されていますが、ここには当院で普段処方しているシード社のブレスオーコレクトというレンズをご紹介します。レンズはこのように複数のカーブで構成されており、角膜の変形を促す構造となっています。
オルソケラトロジーを夜間装用することで、日中は裸眼で生活することができます。
日本眼科学会オルソケラトロジーガイドラインでは、以前は対象を20歳以上に限定していましたが、未成年に広く処方されている現状を考慮して、2017年に改訂された第2版では、原則20歳以上、未成年には慎重処方という表現に緩和されています。
オルソケラトロジーの近視抑制効果
ハードコンタクトレンズを角膜を押さえつけるような(フラットな)処方をすることによって近視が改善することが1960年代から知られており、この手法をオルソケラトロジーと称しました。その後、酸素透過性の上昇など素材の改良が進み、1990年代から就寝時の装用が可能となり、大人以外に、学童への処方が広がりました。
オルソケラトロジーを学童に使用すると、近視が進行しにくくなることが経験され、それ以来多数のスタディで、近視進行抑制効果が報告されています。これらをレビューしたアメリカ眼科学会のレポートによると、オルソケラトロジーは
- 2年間で眼軸長の伸びを約50%抑制する。
- 抑制効果は若年者、6歳から8歳で開始したほうが大きい。
- 瞳孔径が平均より大きい症例で効果が強い。
オルソケラトロジーによる近視進行抑制のメカニズム
オルソケラトロジーでなぜ近視の進行が抑制されるかというメカニズムについて、最も支持されているのは周辺部遠視性デフォーカスによるものです。
眼鏡レンズ、つまり凹レンズで近視を矯正すると、視軸に沿った光は網膜上に結像しますが、周辺部から入射した光は網膜後方に結像し、周辺部遠視性デフォーカスを作ります。それに反応して眼軸長が伸びて近視が進行するというのは、これまでお話しした通りです。オルソケラトロジー眼では、中央部の角膜はフラットになり、周辺部の角膜のが屈折力が上がるため、視軸外からの光による周辺部遠視性デフォーカスが生じにくく、眼軸長の伸長が起こりにくいというのが、そのメカニズムと考えられています
オルソケラトロジーと低濃度アトロピン点眼併用療法
オルソケラトロジーの近視進行抑制効果は光学的効果であり、アトロピンの効果は薬理学的作用によるものと思われますので、両者の併用により、相乗効果が期待できます。
そこで、オルソケラトロジーと0.01%アトロピン点眼の併用療法の近視抑制効果が研究されました。この研究では、8-12歳の日本人をオルソケラトロジー単独群と、オルソケラトロジー+0.01%アトロピン併用群に振り分け、2年間観察しました。
その結果がグラフに示されています。
- 2年間の眼軸長の伸びはオルソケラトロジー単独群では0.40mmに対して、併用群では0.29mmと少なく抑えられまし。
- この後行われたサブグループ解析では、近視の軽い(-1.0~-3.0D)グループでは両群間に差があったが、中等度以上の近視(-3.0~-6.0D)では差がありませんでした。
- 以上から、比較的軽い近視には併用療法が効果があると考えられます。
DISCレンズによる近視進行抑制~Defocus incorporated soft contact lens
これまでお示ししたアトロピン点眼やオルソケラトロジー以外にも、近年では様々な近視進行抑制の取り組みがなされています。ここに示すのは、CooperVision社のMisightというレンズで、同心円状に治療ゾーンを組み込むことで、網膜前方に近視性のデフォーカスを作ることによって近視進行を抑制するソフトコンタクトレンズです。FDAの認可を取得し、海外では広く使われておりますが、残念ながら日本では使用できません。
ただ、同様の構造をもったEDOF(焦点深度拡張型)レンズが国内では近視矯正目的で使用することができます。ご興味のある方はお問合せください。
DIMS眼鏡による近視進行抑制~Defocus incorporated multiple segment
近視進行抑制効果が期待される眼鏡レンズとして、HOYA社のMiyosmartがあります。
中央のクリアゾーンの周囲に直径1mmの微小なプラスレンズを多数組み込むことにより、DISCレンズと同様に網膜前方に近視性デフォーカスを作り、眼軸長の伸長を抑制するものです。
視力回復トレーニングについて
これまで近視の進行抑制についてみてきましたが、世の中にはさまざまな視力回復トレーニングがメディアや書籍で扱われています。中には高額のコストがかかるものもあります。
この視力回復訓練について、アメリカ眼科学会が出した見解があるのでご紹介します。これは2013年に出された 「屈折異常に対するビジュアルトレーニング』というレポートです。
このレポートの結論として、視力回復トレーニングは近視に無効であるとしています。一見、トレーニングによって視力が回復したように見える症例があったとしても、おそらくその視力回復にみえる効果は、
- ぼやけた画像を見て解釈して言い当てる解釈力の向上
- 気分やモチベーションの向上
- 涙液層の改善によるレンズ効果
- 瞳孔が(たまたま)縮瞳したことによるピンホール効果、
などによる副次的な効果であろう、と結論付けています。
つまり、視力トレーニングが
- 近視の進行に何らかの影響を及ぼしたり
- 遠視や乱視の患者の視機能を回復したり
- 加齢黄斑変性や緑内障や糖尿病網膜症といった病気の過程で失われた視力を改善するといった
エビデンスは認めない、としています。
まとめ(クイズ形式)